上杉アイクの机上で空論

独特の感性で森羅万象を考えます

On Your Mark考察:各論

〇で、あの3回のループって何だったの?

 作品の考察で最も重要と思われるあのループ構造。あれは「ゲーム(目的)クリアまでの道筋」だと思います。
 例えば「高いところに引っ掛かった風船を取ろう」という目的をある種のゲームと置き換えます。第1ループは「お手本プレイ」としてそこそこゲームが上手い人のプレイを見ます。上手い人は背が高いかもしれないし高跳びの選手かもしれない、とにかく何の苦も無く風船を取ってしまいます。そして第2ループの最初(天使が連れていかれるシーン)で同じように風船を取ろうとしますが、背が低いのかジャンプ力が無いのか「今は取れない」となってしまいます。プレイヤーは対策として「背を伸ばす努力」「ジャンプ力を鍛える努力」をしますが(葛藤)、「風船を取るためには非現実的である」ということに気づきません。「早くしないとしぼんでしまう」と努力もそこそこに風船を遮二無二取ろうとしますが、背もジャンプ力も足りないため結局しぼんでしまいます(第2ループのバットエンド)。そして第3ループ、「天使を見つけるシーン」のタイミングでプレイヤーは「そうだ、台に乗って取ればいいんだ」と気付く、これが「ゲームクリアのフラグが立った」(天使が空を舞うビジョン)タイミングです。これにより実際に台を持ってきて風船を取ることができました(第2ループでは気付かなかった車のホバー機能を使って逃げ切る)。
 例えとしてはやや平凡かもしれませんが、これはほとんどの人が当てはまる問題なのではないでしょうか?ある問題に直面した時に、「みんなはこうしているから」と自分も同じ方法を試すがなぜか出来ない。普通は「なぜみんなと同じ方法で出来ないのか?」悩みますが、その方法とは別の「自分に合った解法」が必ずあるはずなのにその解法を探す人ってどの位いるのでしょう?風船さえ取れればどんなプロセスだっていいはずなのに。
 このループ構造は、歌詞のメッセージとほとんど同じような「何度でも諦めない、そのための方法は千差万別でいい」ことを現していると思います。

〇で、あの天使って何なの?
 結論から書くと、あの天使は「ある種の記録媒体」だと思います。
 これにはストーリーや世界観が大幅に絡んできます。
 冒頭の教団のシーンで警官隊は実質のジェノサイドを繰り広げます。権力・体制側がその気になれば警官隊を動かしてジェノサイドや弾圧なんていつでもできるデストピア。「地上に関する重要な証拠品」を盗んで地下に持ち込んだ教団は権力側にとって「危険な集団」であり、警官はもちろんプロパガンダ済み。お互いに覆面をしているため、「誰を殺しているのか?」など実は曖昧なまま教団は制圧されますが、チャゲと飛鳥の二人は犠牲者の一人が年端もいかない女の子であることを知り、「自分たちが虐殺したのは危険な思想などない、単に現体制に不満のある人達」であり、「虐殺する必要が本当にあったのか?」を知ることになります。
 そして二人が見つけた天使は女の子と同じ顔、すなわち二人の「罪の意識」の投影であり、天使の姿かたちがあのままということではないでしょう(ただし、可能性としては低いですが「あの女の子は実は綾波レイみたいなクローンで天使がオリジナルまたはその逆、クローン技術に地上のテクノロジーが必要である」ということも・・・)。そして天使は「三葉マークの車両に連れていかれる」「三葉マークの建物で実験を受けている」「盗み出そうものなら警察が飛んできて犯人の殺害も厭わないほどの重要機密」「飛べる」ことから、「飛行能力があるヒトガタ」であり、「放射線で汚染されている地上に関する何かしらの記録(記憶?)を持っている」「放射線に関係あることなので専用の施設で記録を抽出しなければならない」存在だと思われます。理由は後述しますが、体制に不満を持つ人達の集まりである教団が地上に関する重大な証拠を盗み出してそれを公開しようとし、ジェノサイドを受けた。天使はその証拠の1つ。天使の正体のイメージは感覚的には分かるのですが、適切な言葉が見つかりません。僕自身のイメージにほぼ合致するのは鬼頭摸宏の「殻都市の夢」に出てくる「都市の記憶」や「渉猟子」、「なるたる」に出てくる「竜」や「乙姫」です。また、手塚治虫の「火の鳥」の「未来編におけるタマミ(ムーピー)」や「復活編のチヒロ」、ニトロプラスの「沙耶の唄」の「沙耶」も近い存在だと思います。
 
〇その証拠とは?
 ループだけではなく、作中の調合性が合っていない描写が見られます。
・冒頭の石棺の町は有刺鉄線こそ朽ちていますが、そのほかの建物(ラストで遠方に見えるビル群も)は原型を留めています。しかし地下世界は「5年10年であそこまで発展できるか?」と思えるほど爛熟しています。放射線漏れ事故の前からわざわざ地下世界を造っていたとは考えづらく、事故があってかなりの時間が経っている。にも関わらず地上はまるで誰かが管理しているかのように整然としているのです。
・第2ループのラストで警察が飛んでくる場面、思いっきり空が見え、車両も外から飛んできます。地上は汚染されているはずなので当然放射線は入り放題。「政府の重要施設がある地区が、実は人が住めないレベルの放射線量だった、警察の施設が人も入れないようなところにある」とは考えにくい。
・居酒屋のメニューに堂々と「本物」の海産物や畜産物があり、飛鳥が飲めるくらい流通しているのだから、穀類を原料にした透明なお酒を作るだけの大規模農業が行われています。つまり、十分な供給が可能な第一次産業が存在しています。
・「注意閃光!」「不保障生命!」の看板は紫色、一方で天使を空に還す時の車は一貫して補色の黄色。黄色が「二人の確信に基づく意思」を表すとしたら、看板に書いてある事は果たして本当なのでしょうか?ひょっとして、「危険だと思わせたいだけ」・・・
・最終警告として「EXTREME DANGER」と御大層に書いてある割りには、石棺の町に何の苦も無く入れます。作中の時代はおろか、事故が起きた時に設置されるはずのゲートの類も一切なし。有刺鉄線も高さはドラえもんの空き地レベル。なお、一見緑いっぱいの町が「二人の妄想の類」だとは考えにくいです。映画の冒頭で全く同じ映像が流れ、車に乗っている人物も特定できません。つまり、この風景は「本当にこんな風に広がっている」のです。
・彼らが出てきたトンネルの周辺の方がよっぽど汚染されている。しかも、これ見よがしに原発があります。
 つまり現体制側は原発の運用に失敗し実は放射能汚染が発生している。しかし地下世界(=現体制・権力者)ができるきっかけになった石棺の原発事故は実は大したことがなかったか、ひょっとしたら「事故が起きた」と触れ回ったものの実は事故自体が起きていなかった、時間が経ちすぎて放射線量が生存可能レベルまで下がっていると思います。しかし、「地上が安全であり、現体制の方がよっぽどひどいことをしている」という事実は、ジェノサイド上等の現体制にとってはそれこそ何人殺そうが隠しておきたいに違いありません。一般市民はプロパガンダでひたすら「地上は危険だ」と思い込んでいますが、一度何かの証拠を持ち込まれ広められたら体制の正当性が無くなってしまうからです。そして、その事実を知っているのはごく一部の公務員だけ。天使が拘束されていた施設でも大半の人は「天使は放射線と関係がある危険なもの」としか認識していなかったはずです。そして空からやってきた警察は、ある意味秘密警察や公安、イメージとしては「NARUTO」の「暗部」みたいな人達。
 そういう人達に戦いを挑んでも、警官の二人だけで勝てません。よしんばみんなに伝えようとしても、冒頭の教団のようになるのがオチです。このまま天使を放っておけば殺されるか証拠を消されるか。二人が天使を通して知ってしまった世界の真実を情報とともに守るためには、皮肉にも元いた地上に還すのが精いっぱいだったのではないでしょうか。

〇加筆予定、しばらく待ってね